シン・ゴジラ発売にあたり、ゴジラ初心者がおさえておいた方がいいゴジラ映画の紹介
昨日も記載しましたが、昨年度の大ヒット映画シン・ゴジラのDVDとBlu-rayが発売になりました。
ゴジラ映画は、糞映画だった「ゴジラ FINAL WARS」から12年ぶりの国産ゴジラ映画で、ゴジラファンの期待以上の結果を残すものとなりました。
ただ、前作から12年も経つとゴジラ映画を今まで見たこともなかった人も多いと思われますので、幼少よりゴジラ映画を見続けてきた私のこれだけは最低限見ておいて欲しいゴジラ映画を紹介していきます。私の独断、偏見で選んでいます。
ゴジラ(1954年)
ゴジラの記念すべき第1作です。
まだ日本全土が戦争で焦土と化した記憶が人々に残るなか、原水爆実験によって生まれた怪獣ゴジラが、戦後復興に歩みだした日本、首都東京を破壊し尽くし、その後に芹沢博士の開発した兵器(オキシジェンデストロイヤー)で倒されるというのが大まかなストーリーです。
空襲、原爆で破壊し尽くされた日本が復興に進むなか、人類の身勝手な原水爆実験で誕生した怪獣が再び破壊し尽くす中で、その後に予想される人類の核兵器開発など科学の暴走への警鐘を鳴らす映画になっていると思われます。
映画の最後で志村喬が演じる山根博士のセリフで「あのゴジラが最後の一匹とは思えない。もし水爆実験が続けて行われるとしたら、あのゴジラの同類がまた世界のどこかへ現れてくるかもしれない」と語ります。
このセリフからも、原水爆実験をはじめ、今後科学技術があらぬ方向へ向かった際には、その技術は人類の繁栄ではなく衰退への一歩になりうるという警鐘を描いた映画であると言えるでしょう。
この第1作「ゴジラ」の公開後、「ゴジラの逆襲」でアンギラスとの対決が始まってから「メカゴジラの逆襲」まで第1期の昭和ゴジラシリーズとして怪獣同士の対決ものが続いて行きます。これは「対ヘドラ」といった環境問題を取り上げたものもありながらも、概ねが怪獣対決の娯楽映画といった要素が強くなります。
映画そのものとしては娯楽性がつよくて面白いものがたくさんありますので、今回は取り上げませんが、機会があれば観てみるのもいいかと思います。
ゴジラ(1984年)
第1作のゴジラ以降の「ゴジラの逆襲」から「メカゴジラの逆襲」までがなかったこと=パラレルワールドとし、30年ぶりにゴジラが日本にあわられたという設定で作られた映画です。
米ソの冷戦真っ只中で、ゴジラによるソ連原潜撃沈から核戦争の一歩手前にいったり、ゴジラ対策として米ソが戦略核兵器の使用を日本政府に迫るなど、世界のパワーバランスをゴジラ映画に反映させた、それまでのゴジラ映画にはなかった試みがある映画です。
昭和シリーズで人類への恐怖の対象からヒーローに立ち位置が変わったゴジラを、再び人類への恐怖とした点がこの映画の秀逸なところでしょう。
84年といえばバブル直前期。日本社会も繁栄期に入って、戦後を忘れてしまったところで、戦後の日本を破壊し尽くしたゴジラが再び日本を破壊し、改めて人類の際限ない繁栄について楔を打つメッセージがある作品といえるでしょう。
また、米ソが広島・長崎以来、都市で使用されたことのない戦略核兵器をこれ幸いにと使用しようとする様や、それに対抗する日本政府などを映画いているところが、このゴジラがただ単な大衆娯楽映画とは違うところになっていると思います。
少し話が逸れますが、この映画のヒロインはその年に東宝シンデレラに選ばれた沢口靖子がつとめていますが、びっくりするぐらいの大根ぶりです!
私の地元である堺市出身の大女優さんをディスりたくはありませんが、多分100人が見たら100人とも「下手!」「棒読み!」っていうぐらいの演技力です。
もう棒読みレベルは予想をはるかに超えた棒読み!
もう沢口靖子の演技歴では黒歴史だろうってくらいの演技です。
当時の監督などは演技指導しなかったのでしょうか?
個人的に一番好きなシーンは、小林桂樹が演じる三田村総理がゴジラが三原山火口に落ちていく映像を見ながら涙するところです。
あれは小林桂樹のアドリブだそうです。
身勝手な人類によって怪獣に変貌させられたゴジラに、米ソといった大国の身勝手な対応に翻弄されながらも国難を乗り切った自分とを重ね合わせたのでしょうか。
ゴジラ対ビオランテ
ここから平成の怪獣対決シリーズが始まります。
テロにあった娘の細胞とバラの細胞を融合させるといったぶっ飛んだ発想を持ったマッドサイエンティストの白神博士が、そのDNA融合バラにゴジラ細胞まで融合させて誕生した怪獣ビオランテがゴジラと対決する作品です。
この作品が「対デストロイヤ」まで続く平成ゴジラシリーズの世界観の基礎になってきます。シリーズ全編とおして小高恵美が演じたエスパー少女三枝未希が初登場するのもこの作品です。
この当時はちょうど遺伝子操作など最近では耳慣れた技術が先端技術としてもてはやらされた時期であり、その技術の暴走への警鐘を鳴らすものになっているかと思います。
こちらでも、白髪見博士の娘役として棒読みの沢口靖子が出ています。
ただ前作とは違って、冒頭でテロで亡くなりますし、その後はラストのナレーションぐらいなのであまり棒読みしてた印象は残らない作品です。
ゴジラ対キングギドラ
平成ゴジラシリーズの特色、ゴジラ=恐竜が原水爆の影響で突然変異したものが明らかになる作品です。また、この作品後半で、未来のテクノロジーでサイボーグ化されたメカキングギドラが登場しますが、その影響でその次の作品から20世紀のテクノロジーが飛躍的に伸びて、後々の対G兵器の開発につながっていきます。
未来人が歴史を書き換えるって内容は、「バック・トゥ・ザ・フューチャーシリーズ」やドラえもんでもありきたりなものです。
この映画で見ていただきたいところは、土屋嘉男が演じる新堂靖明とゴジラの関係性でしょう。
1945年のラゴス島(マーシャル諸島の架空の島)でゴジラザウルスという、恐竜であったゴジラは駐留日本軍ともうまく共存していたが、侵攻してきた米軍に牙をむいて、結果日本軍は助かります。その部隊の隊長が新堂靖明であり、日本へ帰ってから、巨体財閥帝都グループを作り上げ、戦後日本の復興を成し遂げたひとりとなっています。
ゴジラの消滅、キングギドラの誕生に対して、ゴジラを神聖視する新堂はゴジラが再び自分たちを助けてくれると個人所有の原潜でベーリング海で冷温保存されているゴジラザウルスをゴジラ化させようと試みるが、海底放棄された核廃棄物でとっくに復活していたゴジラがその原潜を破壊。新堂はその後に自分の認識が違っていることを悟り、自分が築き上げた戦後日本を、かつて自分の命を救ったゴジラに破壊されるのを目の当たりにしながら、新宿本社でゴジラと再会し、その後にゴジラの熱線をうけて亡くなってしまいます。
この新宿での再会のシーンがすごくいいんですわ。このシーンだけでこの映画はOK!
ゴジラ対デストロイヤ
「ゴジラ死す。」という衝撃的なキャッチコピーで発表された作品です。
ゴジラの死が直接的に描かれるものは、1954年の第1作以来です。
また、ゴジラの死以外にも、この作品をもって第1作から製作として関わり続けてた田中友幸や音楽の伊福部昭、特撮の川北紘一、ゴジラ着ぐるみの薩摩剣八郎がこの作品を最後にゴジラから離れています。
最後のゴジラ対戦相手が、初代ゴジラを葬ったオキシジェン・デストロイヤーでも死ななかった微小生物が進化した怪獣デストロイヤといったところや、第1作でヒロインだった山根恵美子が河内桃子と同じ女優さんで再登場、今作の中心人物になる兄弟が第1作のゴジラ大戸島襲来で家族を失い山根家の養子になった新吉の子供であるといった第1作と関連づける設定や演出が多々あります。
この映画の見所は、やっぱりゴジラが溶けて消えていくシーンでしょうね。
ゴジラが放射能を撒き散らしながら東京を死の街にして溶けていくところで、いしのようこ「これが償いなの?」「科学を、核を弄んだ私たち人類への」というシーンでその後も拡散の一途を辿り、福一事故などの原発事故が起きている現在社会への強烈なメッセージを発しています。
また、ゴジラが死ぬシーンとしては、ハリウッドのイグアナ版なんて、倒した米兵らが絶叫して喜んでいますが、本家日本版の場合、倒すべき存在のゴジラが倒れたにもかかわらず諸手を挙げて大喜びはしません。第1作では山根博士が「これが最後の一匹だとは〜」とその後も核実験が繰り返されると世界のどこかで同じような被害が繰り返させるであろうことを、対デストロイヤではその孫が上記のように祖父の残した言葉への答えのようなメッセージをいうなど、ゴジラの死にかけてメッセージを強く観ている側に発しています。
このあたり、ゴジラシリーズ完結としての製作側のこだわりを感じるところです。
ただ、デストロイアがエイリアンのパクリっぽいところがどうもしっくりこんところです。
観てはいけないゴジラ映画
昭和シリーズのゴジラは「三大怪獣地球最大の決戦」以降、正義のヒーローといった側面が強くなって、子供向け特撮映画となってしまいます。
ここらは、時代的に邦画が右肩下がりになって顧客ターゲットを子供に絞った結果として仕方がないかと思います。
「対ヘドラ」といった特異な作品もあり(公害問題がテーマであったり、ゴジラ飛翔と賛否両論の演出など)、これはこれでありだと思います。
私が、「これはゴジラ映画としてあかんやろ?」というのは下記の2作品
ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃
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当時大人気だった「とっとこハム太郎」の劇場版と同時上映だったため、興行収入で言えばかなりいいです。
ただ、内容がクソです。
バラゴン、モスラ、キングギドラ(本作登場順)が護国聖獣(婆羅護吽、最珠羅、魏怒羅)という日本を守ってた聖獣だぁ?
神話の時代の怪獣って、基本スタンスは平成ガメラの焼き直しやん!
それにゴジラ=太平洋戦争で死んだ兵士、民間人の怨念の集合体?
ちょっと英霊に失礼じゃないか?
それに関しては、宇崎竜童が「なぜ日本を守って死んだ英霊が日本を攻める?」と疑問を発するが、三流カルト番組レポーターの娘が「アジアで亡くなった人、米兵、原爆で死んだ人が混ざり合ってるのでは?」と適当に返答しますが、ここでも「この娘、バカか?」って思うところです。
米兵の怨念が日本へ向かう?まあ良しとしよう。
アジア人の怨念?もしかしたら日本へ向かうかもしれん。ただ。その前何百年も東南アジア人を奴隷にしていた欧米人へも向かうのでは?
広島の原爆犠牲者の怨念?普通なら落とした当事者のアメリカをはじめ連合国に向かうだろ?
もう製作陣が詳細の矛盾などいい加減に作ってる証だわ。
それに、後述する天本英世が演じる老人はこの怪獣を記した「護国聖獣伝記」の作者としてヒロインらにゴジラの警告をしに現れるが、50年以上前のゴジラ出現時に行方不明になっており、その時で75歳を超えていたという設定。
ということは、霊魂として現れたとするのが作品の性質上も無難だと思うのですが、それだと、1954年頃に75歳を超えていた老人の霊魂だと太平洋戦争ではなく大東亜戦争と言うと思うのですが…
あと、やたらと若者=馬鹿者といった演出が目立ちます。
というか、出てくる若者は基本的にバカな振る舞い、発言しかしておりません。
そして、怪獣の被害にあいます。
また、一般市民が少し馬鹿な行動とって、その後は怪獣被害に巻き込まれて「多分あのひとは死んじゃったろうなぁ」って演出も多々あります。
もう若者と一般市民の演出。これの繰り返し!
ここまで貶すとついでなのですが、怪獣着ぐるみがビニール人形としか思えん。
まあ貶してばかりでは何ので、いい点もいくつか。
天本英世が演じる聖獣に関わる場所に現れる謎の老人がミステリアスな感じで、神話とか怨霊、心霊といった要素を安っぽく組み込んだこの映画に重みを与えています。
天本英世がなければ、ほんまにストーリーの安っぽさがどうにもならんかった映画だと思います。
また、防衛軍准将でヒロインの父親、宇崎竜童がかっこいい!
どちらにしても、演者は悪くないがコンセプトが終わってるゴジラ映画。
ハム太郎見に来たチビッコには「怪獣が怖い」と泣かれ、ゴジラファンには何だこりゃ?と思われる映画ですわ。
ゴジラ FINAL WARS
ゴジラ史上、最もカオスな映画です。
それが感想の全てです。
他の映画でもそうですが、北村龍平の感性って一般市民とはかけ離れてるのよ。
俺の感性でいけてる映画が撮れると思っているのかもしれんが、それはあくまで北村龍平の感性の中でのいけてる映画なので、世間の圧倒的多数は北村の映画が面白くない。
「原作や基本設定はそうかもしれんが、俺のこの設定の方が面白いんだ」ってのはあくまで北村の主観なのよ。
「あずみ」や「ルパン三世」でも原作ファンから散々な評価を受けているのですから映画関係者も北村に原作付きの映画を取らせるなよって思いますね。
東宝の上層部はこの内容でいいと思ったんですかね?
この時点で亡くなられてた田中友幸とかだったら、ブチギレの内容じゃないでしょうか?
小橋賢児が本人役で北村龍平(だったよね?)のラジオに出てるシーンなんて寒いなんてもんでは表現しきれんぐらいの寒さ。もう絶対零度!
国際連合が宇宙連合に?もう三流SF漫画でも使わんような設定よ。
谷原章介、さとう珠緒がベットでX星人騒動をテレビで見てるシーンも意味不明。
二人とも表情一つ変えずに、そのニュースを観てるのは何を表したかったん?
結局、アクションの主体が怪獣向けにはゴジラ、宇宙人にはTOKIO松岡ってだけで、あとは北村龍平が撮りたいアクションを撮ってるだけ。
別にゴジラ出なくても良かっただろ?って映画です。
ゴジラ映画は、日本版はFINAL WARSまでの28作品・ハリウッド版2作品はHuluで配信されていますので、上記を含め30作品楽しんでみてはいかがでしょうか?(楽しめない中身のものもありますが)